出航


大統領専用車が、広壮な屋敷の車寄せに滑り込み、停車した。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
執事が玄関先で出迎えた。
大統領は、うなずきかけたが、執事の次の言葉に仰天した。
「イーグルさまがお帰りになっていらっしゃいます」
「なにッ?!…いつだ?」
「…つい先ほどでございます。旦那さまにお話があるとおっしゃって…」
大統領はみなまで聞いていなかった。驚く執事を尻目に屋敷に駆け入り、脱兎のごとく階段を駆け上がった。
書斎のドアをばーんと開ける。
「イーグルッ!!」

イーグルは、窓辺に立って外を眺めていたようだった。
ドアの方を振り返り、肩で息をしている父を見て、少し眉を上げたが、何事もなかったかのように、微笑みかけた。
「お帰りなさい、父上」
「……っ!!」
大統領は、しばし口がきけなかった。
(…無事だったのか…!!)


────その日、オートザム軍の重要な式典が行われたのだが、イーグルは姿を見せなかった。 副官のジェオによると、『連日の激務で疲れて、どうしても起きられなかった』というのだが、彼自身、真実を言ってない、ということを隠そうともしていなかった。
おそらく、サボリであろう。
それだけならば、いつものこと、と片付けることもできたが、今日だけは違った。
セフィーロからの客人であり、イーグルの親友でもあったランティスが、オートザム軍への正式な登録を断り、いずこかへ姿を消した、というのだ。
状況が状況だけに、もしかしてイーグルもランティスと共に行ってしまったのではないか、あるいはショックの余り、どこかをふらふらとさまよって、あげくに何か事故にでも遭ったのではないか──親の心配は、際限なく広がっていくものである。
それなのに、ジェオばかりか、秘書官たちさえも、大統領の心配をまともに取り合おうとしなかった。
『イーグルさまは、もう立派な大人なんですから』
大統領は、気もそぞろに執務をこなし、帰宅したところなのであった。


大統領は、大きく息をつき、気持ちを落ち着せようと努めた。
そして息子をしげしげと見つめた。
実は、こうして2人で会うのは久しぶりだ。父は大統領府に詰めきりで、帰宅は毎日深夜に及んでいたし、息子は軍司令部に寝泊りしている。
「イーグル…」
久しぶりに会う息子は、白の礼装がぴったり似合って、わが子ながら惚れ惚れするような美青年であった。
大統領は安堵のため息をついた後、しかし今度は怒りがこみあげてきた。
自分はこんなに心配していたのに、そして仕事でぐったり疲れてボロボロだというのに、当人はそんなことは全く知らなかったとばかりにピンピン、ぴかぴかしているとは一体どういうことだっ。
「イーグルッ!!おまえ…式典さぼって一体どこで何をしていたんだっ?!」
しかし、そんな父の叫びは、あっさり無視された。
「父上、お願いがあるんですけど」
「うむ?」
思わずイーグルのペースに巻き込まれる父。
「僕にNSXをください」
「うん?…なっ、なにぃ?!」
それはとても気軽な調子だったので、大統領は一瞬、何かとるに足りないものをおねだりされたのかと思った。とても、オートザム軍の誇る、最大最強の新鋭戦艦のこととは思えなかった。
「NSX、っておまえ…!」
うろたえる大統領に、イーグルはにっこり笑いかけた。
「いいじゃないですか、誕生日プレゼントってことで、ね?」
「……おまえ、誕生日は3ヶ月も先だろうが?」
「おや。僕の誕生日、ちゃんと憶えてくださってるんですか」
「当たり前だ!!」
大統領は胸を張った。普段ろくに構ってやれないわが子の誕生日だけは、いつも仕事を入れず、家で過ごせるようにしているのである。そのためにスケジュールの調整がどれだけ大変なことか、父の苦労をおまえは…。
「あ、それから乗組員は、僕が選びますから」
「!おいっ、イーグル!!そんな簡単に、軍というものはな…!」
しかしイーグルは片方の眉を少し上げただけだった。
「父上は大統領でしょう?権力は、使ってなんぼ、ですよ」
「……!!」
絶句する父に、イーグルは再びにっこり笑顔を向けた。
自分の笑顔の威力を十分に知っている。
悔しいが、この笑顔には勝てない父であった。
イーグルはさっさと話を先へ進める。
「進水式と同時に出航します。…その方が手っ取り早いし、節約になりますから」
「!!」
(────そんなに急に?)
大統領は驚いたが、反論はできなかった。
この国の破滅的な状況は、わかりすぎるほどわかっている。もはや一刻の猶予もないのだ。
だが…だがしかし。
「…イーグル」
尚も事務的に話を続けようとした息子を、大統領はさえぎった。イーグルは口をつぐみ、父の顔を見つめた。
「…行くのか」
「はい」
迷いのない返事が返ってきた。
「…いいのか、おまえはそれで…?」
「はい」
また即答。今度は笑顔つきで。

どうやらイーグルは心を決めたようだ。
それは、「苦渋の決断」だったに違いない。
しかし、息子は自らの意思で、決めた。
もはや、親といえども、それをどうこうすることはできない。
『イーグルさまは、もう立派な大人なんですから』

いつまでも、手元に置いてはおけないのだな…。
まさに掌中の珠のごとく、慈しんで育ててきた、かけがえのないわが子…。

旅立ちのときが来たのだ。



「出航準備!」
張りのある、よく響く低音が命じた。
「右舷直員、哨戒位置につけ!」
「全舷窓、閉鎖!移動物固縛確認!」
「左舷直員、集合せよ!第1班艦首、第2班艦尾!」
矢継ぎ早に命令が発せられる。
「総員、出航配置!!」

純白の巨大戦艦NSXは、今まさに目覚め、飛び立とうとしていた──大空へ。

全ての準備が整ったことを確認し、副官のジェオは、後ろを振り返った。
艦橋の一番高いところに座る人に声をかける。
「出航用意よし、司令官(コマンダー)!」
黄金の瞳がうなずく。
それを受けて、ジェオは声を張った。
「両舷、前進微速!」
係留索が取り外された。戦艦は、滑るように動き始めた。
「ゲート開放!」

見守る人々の間からどよめきと歓声が沸き起こった。

イーグルは司令官席から静かに立ち上がった。
「行きましょう」
────オートザムの未来へ。

「最大戦速!!」
漆黒の空を切り裂くように、光り輝く『道』が伸びる。
NSXは飛び立つと、鮮やかに加速し、光の中をまっすぐに進んで行った。








▼真嶺様の素敵サイト
作者様のコメント あんまりお誕生日に関係ない話になってしまいましたが、パパ視点で書いてみました。

イーグル、お誕生日おめでとう。
そして、イーグルのおかげで出会えた皆様に、心からの感謝と愛をこめて、捧げます。



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