G×B



「今日、誕生日なんです」

いつもと同じように二人で並んで廊下を歩いていたら、何かを含んだ微笑みでイーグルがランティスに言った。
ランティスがオートザムに来てから数週間が経とうとしていた。
今日までずっとイーグルがランティスに付き添っていた。
ランティスにも、イーグルが自分の監視役として側にいることは分かっていた。
だがそれでも彼と一緒にいると心が安らぐのは事実であったし、初めて土を踏むオートザムという土地を案内してもらえるのは都合が良かった。
軍の内部を知れたのはかなり予想外のことだったけれど。
「お前のか」
ランティスは低い声でイーグルに尋ねた。
それにイーグルはにこにこしながら頷いた。
しかしランティスは。
「そうか」
一言だけ言って、再び前方を見て歩き出した。
イーグルは残念そうな顔になってランティスの歩みを止めた。
「それだけですか?」
「何かあるのか」
「お祝いの言葉とか…くれないんですか」
珍しいな、とランティスはふと思った。
ここ数週間イーグルと一緒にいただけだったけれど、彼は自分から何かを主張することは少なかった気がする。
だからといって自分を押さえ込んでいるわけでもなくて、そのバランスが心地よかったのだけれど。
ランティスは数秒黙り込んでから、相変わらずの無表情でイーグルを見つめた。

「おめでとう」

たった一言だったけれど、普段多くを語らないランティスの一言は何よりも大きく重かった。
イーグルを見つめる深淵の闇のような黒い瞳は純粋で、真っ直ぐイーグルの瞳を捉えていた。
そのあまりの透明さに、イーグルは少し照れた表情で「ありがとうございます」と答えた。
オートザムの人間が決して持つことの出来ない雰囲気をランティスは持っていた。
温かく、優しく包んでくれるような、安心感のある存在だった。
イーグルは一時の幸福を噛みしめた後、今度は悪戯っぽく笑った。
「お祝いついでにお願いしたいことがあります」
イーグルがこういう風に笑う時は決まって、規律を破るギリギリのことを企んでいる。
ランティスは小さな溜息をついて先を促すようにイーグルを見た。
それを確認すると、イーグルは少し爪先立ちになってランティスの耳元で小声で話し始めた。
「僕があなたの監視役だということはきっともうあなたのことだから気付いているとは思いますが、実は僕にも監視役がついているんですよ。…裏切らないように」
気づきはしなかったが納得だった。
イーグルはオートザムを誰より愛してはいたが、どんな時も軍部に忠誠を誓っているかと問われればそうでもなかった。
考え方が違えば平気で反論するし、命令に素直に従わないことも多々あった。
それはイーグル自身がとても能力のある人間だからこそ出来る芸当なのだけれど。
だから彼に監視がついても全くおかしくないのだ。
「でも、誕生日くらいは監視を気にしないで過ごしたいんです。ジェオのケーキも食べたいし、ザズとゲームもしたいですし…」「あなたともっと深い話もしてみたいですし」
意味深な微笑みを浮かべた。

実際イーグルがランティスをどう思っているのか、あるいはランティスがイーグルをどう思っているのかお互い分かる術はなかったけれど、表面的には友人、裏は敵同士という間柄であった。
そんな微妙な立場が逆に割り切った関係になれる理由にはなったけれど、やはりどこか通じ合えるものがあるという感覚はあった。
別の国で見つけた意外な同族。
何か共通する同じ悩みを抱え、同じ目標の為に生きている気がした。
しかしそんなイーグルの言葉にもランティスは何も答えない。
本当に必要な言葉だけ話す。
余計な、誤解を招くような言葉はいらない。
それだけで彼にとっては充分だった。
それで分かってもらえなければそれまでなのだから。
イーグルもまた、上っ面だけの軽い言葉なんていらなかった。
なんの価値も持っていなかった。
ランティスの伝えたいことは、その純粋さゆえに微妙な変化が顔に表れる。
それは、イーグルが理解するには簡単なことだった。
自分を一生懸命飾り立てたどんな人間よりもずっと信頼出来た。

イーグルは再び小声でランティスに顔を近付けた。
「…もしあなたが協力して下されば監視役も充分撒けることが出来る自信があるんですが」
僕の合図で全力で走って下さるだけでいいんです、と付け加えた。
今歩いているのは軍部の廊下だ。
侵入者を防ぐ為に、どこもかしこも同じ景色が続く曲がりくねった迷路のようになっていた。
一人で歩く自信はなかったけれど、イーグルがついていれば安心だった。
ランティスが逃げたふりをしてイーグルがそれを追いかけるのだろう。
おそらく、二人のスピードに監視役はついて来られない。
「だが俺の監視役は撒けない」
ランティスは少し不満そうに言った。
もちろん、冗談ではあったけれど。
その言葉にイーグルは小さく笑って、「僕の誕生日ですから」と答えた。
肯定のメッセージだった。
廊下の十字路にさしかかったところで、イーグルが足をもつれさせて体勢を崩した。
今回に限り、わざとだ。
それを合図としてランティスが間髪置かずに駆け出した。
イーグルは慌てた様子で立ち上がり、それを追いかけた。
もちろん演技だ。
視界の端に、イーグルよりずっと慌てた様子の男の影が見えたが気にせずにランティスの背中を見失わないように集中した。

初めて会った時は漆黒の外套に身を包んでいて、とても異様な雰囲気に包まれていた。
オートザムの人間は黒という色をそんなに好んでいないから、よく目立った。
それでも話しかけてみようと思ったのは、その黒があまりにも綺麗だったからだ。
髪の色も、瞳の色も、服装も。
ランティスがオートザムに暫く留まることになって、監視役に任命されて、一番喜んだのはやはり自分だろうなとイーグルは思った。
今は見慣れたオートザムの緑の外套も、ランティスが着ると少しだけ残念に思ったのも事実だ。
しかし今は、緑色の外套をなびかせる背中に嬉しくなる。
彼が、オートザムにいるんだ、と感じる。
このままずっといればいいのに、と願ってしまう自分がいる。
イーグルにとって、ランティスから教えられることは果てしなく多かった。

何度か角を曲がったところでランティスが徐々にスピードを落とし始めて、イーグルがランティスに追いついた。
イーグルは、そのまま強引にランティスの腕を掴み、すぐ側にあった部屋へ逃げるように飛び込んだ。
スライド式のドアを中からロックして、開かないことを確認した。
そして振り返ってから改めてランティスを見た。
「ご協力、感謝します」
息一つ乱れずに、人懐っこい笑顔を浮かべた。
ランティスもまた、疲れた様子は全く見せずに「このぐらいなんでもない」と一言呟いた。
それから、一体ここはなんの部屋だ?と言わんばかりにランティスは部屋を見渡した。
イーグルは再び微かに笑って、そんな広いわけではない部屋の中央に置いてあった机に手をそっと置いた。
「まさかあなたがちょうどこの部屋の前で立ち止まってくれるとは思っていませんでしたよ」
机の上には小さな紙切れが一枚。
ランティスはその紙切れを手に取った。
紙には短いメッセージが書かれていた。

『早めに仕事を終わらせる。ケーキはそれまで待ってろ。』

ジェオからだった。
濃く、はっきりとした読みやすい字だった。
深い教養の感じられる文字だった。
なるほど、この部屋はちょうどジェオやザズと落ち合う為の部屋だったのか。
ランティスは紙切れを戻して、イーグルを静かな瞳で見た。
「まだ二人が来るまで時間があるな」
その言葉に、イーグルはやはり微笑んで答えた。

「それまで二人で深い話でもしていましょう」


黒い外套が緑の外套に変わった。
闇を思わせる瞳に眩しい白い光りを見た。
重く低く、そして優しい声が心地よく耳に届いた。


あなたといられる時間がまだまだ遠くまで続いているのだと
追いかければ届く距離を、後ろを気にしながら走っていてくれるのだと

期待しても…いいですか。




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ささやかなコメント イーグルお誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。大好き。



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