Delight

オートザム郊外にある、壮麗な邸宅。大統領の私邸である。
そそり立つ門の前に、車から降り立った長身の青年が一人。
彼は、全く臆することなく、モニターに向かって来意を告げた。門がゆっくりと開く。青年は再び車に乗り込み、屋敷内へと進んだ。

玄関前には、執事が恭しく待ち受けていた。
「ランティス様。ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」
ランティスはかすかにうなずき、執事の案内に従って中へ入った。


屋敷内は、いつもと違って活気に満ちていた。使用人たちが忙しく立ち働いている。もうすぐパーティーが開かれるのである。招待客たちが訪れる前の小一時間ばかり、彼らは準備の仕上げに大わらわであった。
ランティスはそんなこととは全く知らされていなかったので、かなり驚き、とまどった。礼を失したのではないかと危ぶんでいたが、謝罪は執事にではなく、これから会う人にすべきであろう。表情には出さなかった。
執事も、こんなタイミングでの突然の来客に驚いていたに違いないが、表面上は全く動じることなく、ランティスを導いていく。


彼らは屋敷内を横切り、テラスへ出た。
執事はそこのテーブルにランティスを着かせ、
「こちらでお待ちくださるようにとのことでございます。ただいまお茶をお持ちいたします」
と言って一礼すると歩み去った。

ランティスはひとりになると、辺りを見回した。
広大な庭が見渡せた。かなり樹齢のいっていそうな樹がそこここに生えている。そよ風に緑がざわめき、ランティスは居心地のよさに目を細めた。
思わず立ち上がって、庭へ出て行く。

いくつかの大樹の横を通り過ぎたとき。
ガサガサ。
ある樹の枝が鳴ったと思うと、その間から青年が顔を出した。
「あ、ランティス」
驚いて見上げたランティスの瞳に、やさしい笑顔のイーグルが映った。
「…すみません、ちょっと退がっていて下さい」
言われるままにランティスが数歩後じさると、イーグルがひらりと飛び降りた。白いマントがなびく。見ると、彼はきっちり礼装に身を固めている。
姿勢を起こすと、あらためてランティスに微笑みかけた。
「こんにちは、ランティス。どうしたんですか、突然?」
「…」
ランティスは何か言いかけて、ふとイーグルが大事そうに抱えているものに目を留めた。イーグルはランティスの視線に気づき、自らの腕を見下ろすと、
「『クロ』っていいます。カイル(弟)の猫です」
そう言って、それが当然であるかのようにランティスに差し出した。ランティスは反射的に受け取った。黒猫は、安心しきってランティスの手の中におさまった。
「木登りが大好きなのはいいんですが…時々降りられなくなっちゃうんですよ」
イーグルはにっこりして、クロのあごの下をくすぐった。猫は気持ちよさそうに目を細める。
ランティスはわずかに顔をほころばせた。
「…イーグル…」
「あ、ごめんなさい、ランティス。あなたが訪ねてきた、って聞いたとき、ちょうど庭に出るところだったので、こっちに来てもらったんです。…どうしたんですか?何か御用でも?」
「ジェオに頼まれた。おまえに渡すものがあるから、と」
そのとき、執事が遠くから呼びかけながら近づいてきた。
「イーグル様!…こちらでしたか。そろそろおいで下さい」
「あ、はい」
イーグルはランティスを振り返り、
「すみません、今日はこれからパーティーがあるんです。一応、僕が主役ということになっているので、サボるわけにも…」
ゴホン、と執事が咳払いし、イーグルは肩をすくめた。
「…よかったら、あなたも…」
と言いかけ、ランティスの顔を見て、いたずらっぽく笑う。
「…来ませんよね…」
ランティスの社交嫌いは十分承知しているイーグルだった。
ランティスはジェオから預かった、小さな包みを差し出した。
「…忙しいところに、すまなかった。ジェオがこれをおまえに渡してくれ、と。仕事でどうしても行けなくなったから、と言っていた」
「そうですか。…どうもありがとうございます」
イーグルは受け取り、包みを開けた。中から正方形の機械が現れた。ランティスにはそれが何なのかさっぱりわからなかったが、イーグルには見慣れたものらしい。
スイッチを押すと、機械の上の空間にホログラムが投影された。
途端にめまぐるしい光と音があふれ出した。ファンファーレが鳴り、紙吹雪が散る。
ザズの顔が画面いっぱいにせり出してきた。
『イーグルー!!誕生日おめでとうッ!!これでおおっぴらに酒が飲めるな!皆で派手にお祝いしようと思ってたんだけど、今日は家でパーティーなんだって?仕方ないから、明日やることにするよ。とりあえず、今日はおめでとうだけ言っとくな!明日プレゼント渡すから、楽しみにしててくれよ!!じゃあな!』
満面の笑みを浮かべ、親指を立ててみせる。ザズが消えると、今度はジェオが現れた。
『イーグル、誕生日、そして成人おめでとう。…そういうわけだから、バースデーケーキは明日焼くことにするよ。ちょうど仕事も入っちまったし。で、ランティスをそっちへやった。今日いちにち暇だって言ってたから…じゃあ、明日な』
ジェオはニヤリと笑ってみせた。
映像はそこで消えた。

「………」
ランティスは呆然としていた。
イーグルも驚いていたが、すぐ立ち直り、ランティスの様子を見やって、くすっと笑った。
「…何も聞いてなかったんですか」
「…ああ」
ランティスはイーグルを見やった。白い礼装に白いマント、白手袋。肩からはモールが下がっている。
────この礼装はそのためか。
「…誕生日だったのか?」
「ええ」
「そうか。…知らなかった。すまない。…おめでとう」
イーグルは輝く笑顔で応えた。
「ありがとうございます、ランティス」
ランティスはジェオを恨めしく思った。確かに、明日お茶会をやる、と聞いてはいたが、こういう趣旨だったとは。
「ねえ、ランティス?…今日いちにち、時間いただけるんですか?」
「…ああ。構わないが…」
「よかった!じゃあ、お願いがあるんですが」
「何だ?」
「カイルの相手をしてやって欲しいんです。今日は、僕はこのとおり身体が空きません。カイルは一週間前から熱を出してしまっているんです。そんな訳だからクロと遊ぶわけにもいきませんし。…僕の代わりに、カイルの側にいてやってくれませんか?」
「…カイルの方がそれでいいなら」
「大丈夫!カイルはきっとあなたが好きになりますよ。クロだってほら、すっかりあなたになついて…ランティス、あなた、子供や動物に好かれるタイプだって、自分で気づいてましたか?」
そう、からかうように言って、イーグルは微笑んだ。
彼のこの微笑には敵わない。
「では、お願いします」
イーグルは屋敷の方へ戻っていった。
数歩離れて待っていた執事は、イーグルが立ち去るまで頭を下げていてから、ランティスの方へ向き直り、カイルの部屋へと案内した。


カイルは8歳で、母親譲りのプラチナブロンドに、大きな青い瞳の男の子だった。
カイルはランティスを見ると、ベッドの上に起き上がった。
「あっ…お兄ちゃん…ランティスさんでしょ?」
「…そうだ」
「やっぱり!!兄さまが言ってた通りのひとだね!」
「…イーグルが?」
「うん!兄さま、よくあなたのことを話してくれるんだよ。だから、すぐわかったの!」
イーグルは自分のことをどんな風に弟に話しているのか。ランティスは面映かった。
ランティスの後ろから、執事が控えめに口を出した。
「カイル様、寝ていらっしゃらないと。…これからランティス様がお相手をしてくださいますが…あまり長いこと起きてらしては駄目ですよ」
少年は歓声を上げたが、おとなしく毛布の下にもぐりこんだ。
ランティスは執事にうながされて、ベッド脇の椅子に腰掛けた。カイルは、ランティスが抱いている猫に気がついた。
「あっ、クロ!お兄ちゃんが見つけてくれたの?」
「いや…イーグルが」
「部屋から出て行っちゃったから、兄さまにお願いして探してもらったの。…どこにいたの?」
「木の上だ」
「また降りられなくなっちゃったんだね」
カイルは手をのばして、猫のあごの下をくすぐった。その仕草がイーグルにそっくりだった。
やっぱり兄弟だな、とランティスは微笑ましく思った。
「さあカイル様、クロは、私が預かりますので」
執事は、ランティスから黒猫を受け取ると、一礼して部屋を出て行った。

「ねぇランティスお兄ちゃん、お兄ちゃんは、セフィーロの人なんだよね?」
「そうだ」
「セフィーロには、妖精さんがいるって、ほんと?」
「ああ」
カイルの瞳が輝いた。
「妖精さんって、ちっちゃくて、きれいな羽がついてて、ふわふわって飛べるんだよね?!」
「ああ」
「うわ〜!僕、会ってみたいなあ!…それに、セフィーロって、『願いが何でもかなう、魔法の国』なんでしょ?」
ランティスはとまどった。まだ幼いこの子に、本当のことを話してもいいのかどうか?…やや考えてから、ランティスは、やんわりと訂正した。
「真に強き心の持ち主ならば、願いをかなえることができるかもしれない」
「そう…!」
カイルは感動の面持ちで、しばし黙った後、期待をこめて訊ねた。
「ね、ね?イーグル兄さまは、どうかな?」
「?どう、とは?」
「『真に強き心の持ち主』??」
ランティスはわずかに目を見開いた。が、ゆっくりとうなずいた。
普段、ニコニコと穏やかに微笑んでいるが、内に強い意志を秘めている。
時折イーグルはオートザムの空を見上げ、金色の瞳で遥か彼方を見据えることがある。そんなときのイーグルは、胸のうちに秘めた『願い』と対峙し、誓いをあらたにしているのだろう。その瞳は、強く輝き、侵しがたい光を放つ。
「そうだな。イーグルは、『真に心強き者』だ」
カイルの顔がぱあっと明るくなった。
「じゃあ、セフィーロに行けば、兄さまの願いがかなうかもしれないんだね!」
「…イーグルの願いが何か、知っているのか?」
「うん!オートザムの皆が、ずっとずっと幸せに暮らせるように、って!」
────精神エネルギーが枯渇しかかり、オートザムが崩壊の危機にあることは、 まだごく一部の者しか知らない。ランティスは知らされずとも察していたが。
イーグルはそのことを、もちろんこの幼い弟には話していない。
「そうか…」
「僕、兄さまのお手伝いがしたいの!お兄ちゃん、『みぎうで』って知ってる?」
ランティスはうなずいた。
「兄さまは、お父さまの『みぎうで』なんだって。だから、僕が兄さまの『みぎうで』になるの!!」
少年は目を輝かせ、あ、でもジェオがいるから…僕は「ひだりうで」かなあ…、と首をかしげた。
ランティスは微笑んだ。
「きっと…なれる。『右腕』に」
カイルは満面の笑みで応えた。
「ありがとう、お兄ちゃん!!…ねえ、お兄ちゃんの願いはなあに?」
ランティスは答えに詰まった。
目の前の無邪気な少年の憧れの国──セフィーロ。その国の根本を支える『柱』制度を終わらせるのが自分の願いだ…とは、言えなかった。 代わりにランティスは少年の頭をなでた。プラチナブロンドの髪はやわらかく、ランティスの心をなごませた。


「ありがとうございました、ランティス」
「いや」
イーグルは、弟の髪をやさしく撫でた。カイルは幸せそうな笑顔を浮かべて、ぐっすりと眠っていた。
ランティスは彼らを見守っている。
カイルが、イーグルの実の弟ではないと聞いて、少し驚いたところだった。
しかし、イーグルとカイルは、よく似ている。互いの母親同士が似ていた、とのことだが。
カイルの青い瞳の輝きは、彼もまた「心強き者」となりうる可能性を感じさせる。
イーグルはカイルにとって憧れであり、目標とする存在なのであろう。
────イーグルには、同じ『願い』を抱いて、ついてきてくれる者がいる。
ランティスは、イーグルのために、カイルのことを頼もしく思った。
イーグルを、支えてくれることだろう。俺の代わりに。
俺には、『願い』がある。そのために、俺はいつかイーグルの側を、オートザムを離れることになる。
────俺には、「ついてきてくれる者」はいない。俺はひとりだ。
別にそれで構わない。俺の『願い』は、セフィーロの民たちを不幸にするかもしれないものなのだから。
この『願い』のために、命を賭けるのは…俺だけで十分だ。
これで、心おきなく旅立つことができるだろう。
いつか、「その日」が来たら…。

「ランティス…」
ランティスの顔に浮かんでいた思いをイーグルはどう捉えたのか。
彼はしばしランティスを見つめていたが、それ以上問いかけることはしなかった。
微笑んで、言った。
「お茶にしましょうか?…それとも、お酒?」
「…お茶にしておこう」
酒が入ったときのことは、一切記憶にないが、どうも自分はおかしなことをしでかすらしい。せっかくのイーグルの誕生日に、そんなことは避けたい。
イーグルは、それは残念ですね、とおかしそうに笑った。


End



▼真嶺様の素敵サイト
作者様のコメント
イーグル、お誕生日おめでとう!!生まれてきてくれて、ありがとう〜!!
私の心の中で燦然と輝いているかの君、その麗しさは、
どれだけ描写しようとも言葉に尽くせません。
そこは読んでくださる方の愛の力で補っていただくとして、
楽しんでいただければ嬉しいです。
エストール様、素敵企画に参加させていただきまして、
どうもありがとうございました!!




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