マザー



此の地に生まれた全ての者達へ。


午後の穏やかな時間。
イーグルは白銀のファイターメカの傍らに座り込んで微睡んでいた。
僅かな時間許された昼食の時間に、食欲よりも睡眠を選んだ。
軍の格納庫は昼のせいもあってほとんどのメカニック達は休憩しているようで数名忙しそうに動いているだけだった。
イーグルは顔見知りのメカニックにFTOの搭乗許可を得て、外に飛び立った。
FTOはイーグル専用のファイターメカだったからほぼ自由に使用が認められていたのだ。

イーグルはFTOに乗って居住区から少し離れた平地を目指した。
開発という名のもとに山という山は切り崩され、木という木が切り倒されたこの国に緑のある場所はもはやたった一つしかなかった。
『グリーンエリア』と呼ばれる唯一の生命というものを見出させる地域にすら、この国の人々はあまり足を運ばなくなった。
居住区から離れているという点もあったが、最大の理由はそもそも人々は自然と触れ合うことの意義が分からなくなってしまっていることにあった。
画面を見ているほうが、そして機械と戯れているほうが何より楽しいのだ。
イーグルもそういう事が嫌いなわけではない。
この国に生まれた以上、機械に慣れるのは当然であるしなんでも言うことを聞いてくれるモノを便利に思わないはずはなかった。
だがしかし、こういう日ぐらいは緑を見たいと思った。
戦いの中で幾多の命を共に奪ってきたこのファイターメカと一緒に。

イーグルは瞼を擦りながら、木々に囲まれた場所から見える居住区を見つめていた。
夜になったら美しく宝石のように光るのだろう。
灰色の細長い建物が建ち並ぶ景色。
あちらこちらにホバーで移動する人々の姿が黒い点のように見えた。

「どうしてみんなここに近寄らないんでしょうね」

イーグルは目を細めて呟いた。
白銀のファイターメカは何も答えない。
しかしイーグルは確かに彼の言葉を感じ取っていた。

「…この森の…圧倒的な生命が怖いんでしょうね、きっと」

イーグルはその場で寝転がった。
そして思いっきり体を伸ばして深呼吸する。
居住区で吸っている空気よりも明らかに清々しく感じる空気に心地よさを覚えた。
そして、静かに目を閉じた。
そうしたらだんだんとまた眠気がイーグルを襲って、そのまま意識は奥深くに落ちていった。


大きな泣き声を上げて母親に抱き上げられる赤ん坊。
周りはみんな優しい笑顔で、自分は祝福されているんだと思った。
それなのにどうして自分は泣いているのか。
自分を嫌悪する視線はこの空間の中には何処にもないのに。
何故自分は泣いているのか。
この先に起こる何かを予言しているのか。
そう考え始めたら途端に不安になって胸を何者かに鷲掴みにされたような圧迫感を感じた。
息苦しい、そう感じたら自分の頬に何か生暖かいものが飛び散った。
いつの間にか大きくなっている自分の手でそれを拭き取って、見た。
全ての景色は真っ白で自分の手の輪郭すら細く黒い線で描かれている世界なのに、その液体にだけ色が塗られていた。
それは不気味なほど鮮やかな紅。真っ赤な。…血。
はっとして前を見る。
そこは戦場だった。
目の前には多くの仲間達が悲鳴を上げ、自分の手の甲からは眩しく輝く青白い光が直線に伸びていた。
指先から熱が伝わってくるこの光源で、誰かを切り伏せたのだ。
蒸発しきれなかった血が頬に。
きっとそれは生を奪われた相手の悔しさと悲しさと憎しみが込められた最後の抵抗。
呆然としてまだ温度の残るソレを見つめていたら、すぐ近くで殺気を感じた。
頭よりも先に体が動いていた。
あっという間もなく、気付くと背後から自分を狙った人間の腹部に青白い凶器を突き刺していた。
切り口から溢れ出す紅が急速に蒸発し、自分をしっかりと見つめたまま絶命した人間の体から一瞬にして力が抜けた。
震える腕をもう片方の腕で押さえながら、驚愕の表情を凍りつかせたまま自分の瞳を見つめる相手の体が、目の前で崩れ落ちるその瞬間をしっかりと捉えていた。


「おーい、起きろー」

ぱっと目を見開くと、すぐ近くに自分を覗き込むジェオの顔があった。

「もう休憩時間はとっくに終わったぞ」

イーグルはジェオと目が合ったまま数秒驚いた顔で瞬きをした。
いまいち意識がはっきりしない。
夢の中の映像があまりに鮮明過ぎて現実に完全に戻り切れていなかった。
まだ胸の中に残る想いに気持ち悪さを感じていた。
どうしようも出来ない後悔と意味の成さない罪悪とが複雑に絡み合って、吐き気さえ覚えた。
しかし、目の前に親友に迷惑はかけられまいと憮然たる面持ちのジェオに微笑みかけた。
…笑って誤魔化す、なんて事が長年の付き合いであるジェオにまさか通用すると思った自分に反省した。
ジェオは表情を少しも変えなかった。
むしろほんの少しだけイーグルを責める顔で彼をじぃと見つめていた。
イーグルが寝転んだまま溜息混じりに目を閉じると、自分を覆う影がさらに濃くなった。



「…どうして泣いてるんだ?」



そんな言葉が聞こえて。
初めて、自分の頬を伝うものに気付いた。
夢の中では血を拭っていた手で、今度は涙を拭った。
そして起き上がって、その場に座り込んだ。
まだ心配そうに自分を見下ろすジェオに、もう一度微笑んだ。

「なんでもないです」

こんな日に涙を流すとは。
自分でも可笑しくなって苦笑した。
よりにもよって自分が生まれた日に自分が人の命を奪ってきた事実を悔やむなんて。
くだらないにも程がある。

今度はくすくすと小さく笑い始めた親友に、ジェオは眉をひそめた。

「…本当に大丈夫か?」
「平気ですよ。わざわざ呼びにきて下さってありがとうございました」

そう言いながら、イーグルは辺りを見渡すとFTOのすぐ近くにホバーが置いてあった。
きっとジェオはこれに乗ってここまで来たんだろうと思って、あまりここに長居しているのもジェオに迷惑がかかるから、すぐにFTOに乗り込もうとした。
すると後ろからジェオに手首を掴まれた。
突然のことに少しばかり驚いて振り返ると、ジェオはじっと自分を見つめていた。

「…くだらない事、考えるなよ。俺はずっとお前の側にいてやるから」

真剣なジェオの瞳に、イーグルは自分が生まれたその瞬間の自分を取り囲む人々の姿を思い出した。
…そうだ。
こんなに温かいものが自分を包み込んでいるというのにどうして自分は泣いているのか。
何故悲しく思うことがあるのか。
自分を強く優しく抱き締めるその腕に安心して寄りかかっていればいい。
ソレは決して自分を裏切らないし、自分の存在を受け止めてくれている。
辛くなったら支えてくれる腕がすぐ側にある。

「…帰ったら、ケーキ焼いてくれますよね?」

イーグルは自分の腕を掴む親友の腕をそっと外し、ニコリと笑った。
その存在に感謝して。
その存在に大きな喜びを感じて。

「今日はザズもランティスも誘っといた。久々に全員集まるぞ。俺の腕の見せ所だ」

ジェオはニッと笑った。
光りに溢れた眩しいその顔にイーグルは一層目を細めて『楽しみです』と穏やかに笑った。

軽やかな風が吹いて、二人を取り囲む木々が豊かに葉を揺らした。
そして、白銀のファイターメカの足下に咲いていた小さな黄色い花には二人の影が伸びていた。




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作者のコメント
誕生日のお話はどんなのがいいかなぁと考えていたら
一つの命が生まれるって凄いことだなと今更ながら思って
好きなように書いていたら祝うべきイーグルが
とても痛々しく可哀相な事になってました。(最低
こんな稚拙な文章を読んで下さりありがとうございます…;
改めまして、イーグル、お誕生日おめでとう。




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